虚業とは何か? -「虚業家を目指そう」という話

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『虚業』という言葉の一般的な定義は、「金を回すだけの金儲けの仕方」だとか「何ら具体的価値を生まないで金を儲ける商売」といった感じ。

よく見聞きする分野としては、金融・投資業や俳優・タレント業とか、IT系の仕事とか、そういう分野で儲けていることを「虚業だ」と表現されることがある。

でもどうだろう。例えば虚業と称される金儲け方法の一つとして「投機的な相場での金儲け」を例に取っても、それを本当に「そんな仕事は虚業だ」と吐き捨てることはできるんだろうか?


だって、これから頑張ろうとして燃えてる事業家にとっては、投機家から受ける投資にはもの凄い“価値”があるわけで。世間の大多数の人にとってはそりゃ、その投機家の動かすお金は自分らの生活とは一見何の関係もないお金のように思えるかもしれないけど、でも実はそういう自分の知らない場所で大きく動いているお金たちがまわり回って「国や地域の経済力」という形でその他の大多数の暮らしにも影響を与えているわけで。

投資家や金融業の人たちがお金を回してくれなかったら、それこそ世の中の階層であったりそれぞれの個人の人生が出自でほぼ固定されてしまう非流動的な社会になってしまう。

お金を回してくれる人がいるから努力や実力で逆転・下克上も可能なのであって。もし仮に金がなくても努力や実力でどうにかなると思っているようなら、それは世の中をナメてるとしか言えなくて。

スマホで遊べるソーシャルゲームの会社に対しても「あんなもの虚業だ」という見方がされることがあるけれど、そういう見方ってどうなんだろう。単にあの商売は『めちゃくちゃ多くの人を喜ばせている凄いビジネス』ってだけなんじゃないのだろうか。虚業だと言うのは、その人の中に生まれる嫉妬心ややっかみの気持ちが言わせているんじゃないだろうか。

実際、あまりにその事業規模が大きくなった今では、ソーシャルゲーム会社に対して「あんなもの虚業だ」という人は明らかに減っているように感じるし。もうその辺の普通の人が嫉妬できるようなレベルではなくなってしまったから……。

みずほ銀行の前身となる日本で初めての銀行を設立した渋沢栄一や安田善次郎にしたってそう。金で金を回して利ザヤを得る金儲けを始めて、それで今では歴史に名を残すような偉人として崇められているけど、なぜあの人たちが「あんな奴らは虚業家だ」と言われないのかといえば、それは彼らがあまりに雲の上の存在であって、とても一般人が嫉妬できるレベルにはないからだろう。

「具体的な価値を生み出さない仕事」だとか「実務の伴わない仕事」だとかを『虚業』と言うのなら、21世紀に生きる私たちは間違いなくそういう、世間から虚業だと言われるような仕事をしていかなければいけないと思う。

消費者にとって価値が具体的によく分かる商売なんて、それほど危うい商売はない。よく似たライバルはすぐ現れるし、消費者には買い叩かれるし。「魅力」ってのは「何だかよく分からない、惹きつける力」なのであって。よく分かりきった具体的価値ばかり提供している商売なんて、それほど消費者から見て魅力のない商売はないわけで。

また実務に関しても、今のこの明らかに労働時間が長過ぎる現代人にとっては、実務をどれだけ減らせるかは喫緊の課題だと言える。仮に「クリックひとつで儲けられる」なら、そんな素晴らしいことはないじゃないか。そういう仕事こそ真に『素晴らしい仕事』『素晴らしい働きっぷり』であって、それと同じ成果を1日15時間も働かなきゃ出せないような仕事はとても褒められたものじゃない。

他人から「ラクして儲けている」と言われるのは、自分の仕事効率・生産効率が、他の人の理解の及ばないレベルにあるというだけの話。

人の大事な仕事に対して「あんなもの…」と批判するような人のなかに、自分の仕事を楽しんでやれてる人はいない。「できることなら働かずに暮らしたい」ぐらいの人がほとんど。なのに「あいつはラクして儲けてる」と言うその『ラクに儲かる仕事』をしない。なぜか?「できない」から。実際には「ラクではない」から。バカや意識の低い人間には真似できない生産効率のあまりに高い仕事だから。

他人から「虚業だ」と言われるぐらい魅力的な仕事をしよう。「虚業だ」と言われるぐらい実務が少なくて済む高度な知恵を出して事業を行おう。

国民への具体的な価値の提供は、国のやる仕事。水道やら道路やらと同じ。民間の事業家は「よく分からない価値=魅力」を持たなきゃいけない。生きてく上で必要不可欠な安心安全な『水』の提供は国がやる仕事。私たちは水ではなく『コーラ』を生み出し、売っていくべき。同じ水でも、何か付加価値のある水を売ってかなきゃいけない。

その努力が、国や社会に必要最低限の暮らし以上の「豊かな暮らし」をもたらすのだから。具体的価値以上の、「魅力」を、人々の暮らしや人生にもたらすのだから。

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