4ヶ月間GoogleにハブられていたブログがやっとWebの仲間入りをさせてもらえるように

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昨年の6月初旬に始めた(このブログじゃない)ブログが、4ヶ月間もの長きにわたるGoogle主導の仲間はずれから解放され、やっとこアクセスが集まるようになってきました。

アクセス解析

グラフを見てみると10月の中旬ごろにポコっとアクセスの上昇しているところがありますが、このちょい前に更新した記事に助けられました。

その記事が運良くタイムリーかつ需要が大きいものだったようで、そこからGoogleさんは「しかたねーな」といった感じでやっとこ検索結果にちょろちょろとこのブログの記事を表示してくれるようになりました。

恐ろしいことです。あの記事が無ければおそらく今でもあのブログは誰の目にも触れない、Web上の藻屑となっていたのでしょう。

社会は法律で縛られ、法に背いたら社会では生きていけません。
WebはGoogleに代表される大手Web関連企業の考え方に縛られ、少なくとも検索エンジン上ではGoogleに背いたら生きていけません。

SEOを学ぶというのは、法律を学ぶようなものです。法律を知らずに好き勝手やって、「知らなかった」では済まされません。

「SEOなんてどうでもいい」「良質な記事を書き続ければいい」なんて暴論を吐く人もなかにはいますが、そんなもの現実世界で喩えるなら「幼女が男性器に興味を持っているようだったから、僕のブツを見せてどういうものか教えてあげた(僕いい人)」と言うのに等しい愚です。「週刊誌なんかより哲学書の方が何倍も人生の役に立つ。哲学書を出版していれば出版社は潰れるはずがない」と言うようなものです。

仮にもし、Googleの検索システムが日本人が作り上げたものであったなら、もしかしたら「哲学書」が検索上位に表示されるような工夫もされたかもしれません。それが良いことかどうかは別として。

ただ現実のGoogle検索アルゴリズムは、コテコテのアメリカ人が考えて作り上げているものです。教育や医療の現場にも競争やビジネスの原理を持ち込んでしまうようなタイプの人たちが作り上げたものです。何年もの時間と大きなコストをかけて千年も前の遺跡から発掘されたほとんど誰も喜ばないものを復元させて喜ぶような、そういう経験が社会のどこにもない歴史の浅い国の人たちが考えて作っているものです。意義よりValueを重んじる人たちの手によって作られているものです。

ディスっているのではありません。そういうものだということを理解して検索アルゴリズムという“ルール”に向き合わなければならない、ということを言いたいだけです。日本人が作ったらそれはそれでウザい部分が目立つものが出来上がるのは目に見えています。どんなものが理想かは別として、どういう特徴があるものかを理解しなければならない、というだけの話です。

検索アルゴリズムの分析が自分なりにいくらかできてきたので、当該ブログのアクセスをこのまま伸ばしていけるよう、頑張ってみます。今のところのきれいな右肩上がりの状態はただ単に「今まで拾われることのなかった記事がよく拾われるようになったため」という部分が少なからずあると思うので、今後この右肩上がりの感じを維持していくにはこれから更新していく記事の「検索エンジン適性」が重要になってくるように思います。

ということで、以上です、
ではまた

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